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めいっぱい息をすること

2次元も2.5次元も3次元も。好きなことはとことん拗らせていくオタクが見たものの感想など

いなくなるなんて考えもしたことない

アイドル

今回、若手俳優の話じゃありません。すみません。こないだいなくなったあの子の話。りななん。

ガチなエビ中ファンが2月8日からずっといろいろぐるぐる考え続けて、結局辛くて悲しい、という話です。

 

わたしはアイドルが好きだ。ただかわいい人が好きというわけでなく、かわいい人ががんばる姿を見せてくれるのが好きだ。

見ための美しい人達が全力でがんばっているのを見ると胸が高鳴るし応援したくなる。これは若手俳優にも通じるところですね。

 

星の数ほどのグループが乱立する時代だから、続けられずに引退していく人も星の数ほどいる。

ただ、こんな形のお別れは考えていなかった。想像もしたことなかったよ。

 

もう2週間たってしまったけれど、「現実感がない」という感想しか湧いてこない。

ワイドショーで何度も「急死」「急逝」という文字を見たし、公式サイトでも「永眠」「送る会」という表現を見てきた。実際に送る会にも行ってみたけれど、現実のことだと思えない。あまりに想定外のできごとだったから。

 

みなさんに聞きたい。 推しが死ぬ、って、考えたことありますか?

わたしはありませんでした。グループの中で1番推しではなかったからかもしれないけれど、……いや、推しではないにしろ、亡くなってしまうなんて発想はどこにもなかった。

 

なんていうか、何日経ってもショックでたまらないのです。とても悲しいけれど、現実感がどうにもないというか。だって年末のライブでは元気に歌って踊ってダンスサドンデスしてたの、見たし。インスタも普通にフォローしてて、箱根行ったんだ~、家族仲良くてかわいいな~、って思ってたし。

なんか、テレビで「18歳で急死した悲劇の子」っていうふうな取り上げられ方をされるのが、辛くてたまらない。

「亡くなる前日までインスタグラムを熱心に更新していた」とかさ。具合が悪くても健気に~、っていう意味合いで報道してるように受け取れちゃって、それはなんか違うんじゃねーか?と。

だって本人がまさか明日死ぬなんて思ってないでしょ。本人が一番びっくりしたろうに。これから未来しかなかったのに。

 

なんだろう。多分頭ではわかってるんですよね。あの子がもういないことと、他のメンバーは今まで8人でやってきたことを7人でやらなくてはならないこと。ことあるごとにきっとあの子の穴を痛感させられて、つらい思いをするだろうこと。

でも、やっぱりエビ中の曲を聞くと元気が出るし、エビ中が好きで応援したいと思う。

 

なんか、最初はほんとうに、「このまま解散します、こんな状態で楽しい歌なんて歌えない」って言われてもしょうがないし、メンバーの気持ちを考えたらそのほうがいいのかもしれない、と思ってた。

 

でも、でも。という身勝手(かもしれない)なファンの気持ちが顔を出してくるんだよ。でも。やっぱりもう一度、ううんこれからもずっとエビ中を応援したいし、わたしが好きな「エビ中」がなくなるなんて悲しいし辛い。

 

りななん抜きでエビ中を続けること、メンバーにとってはとても辛いことだとは思う。けれど、わたしだってりななんのいないエビ中を見るのは辛い。多分みんなそうだ。今までいることが当たり前だった人がいなくなったら、辛いと思うのは当たり前なのだ。その辛さを一緒に背負うから、7人でもステージにあがっていてよ。

わがままな、正直な気持ちがそうです。

 

まあ、現実的な話をするならば、あの子たちは一生「エビ中」をやり続けることはできないわけで。前提がアイドルである以上、これは当然の話なんだけれど。

個人個人に「エビ中」のその先の人生がある。芸能界で生きていきたいのであれば、今エビ中をやめることは多分正解ではないから。まだ個人の名前だけでやっていけるほどの実績はあの子たちにはない。

だから、それぞれのキャリア、というか人生を考えると、「エビ中を前に進める」という選択が一番正しいんだと思う。仕事人として。

実際には最年長でも20歳という子供たち7人にとっては、悲しみを乗り越えて仕事をし続ける、という状況は残酷以外のなにものでもないんだろうなあ。

それに関してはただただかわいそうでしかないし、彼女らの心がこわれないように、周りの大人たちが最大限ケアしてほしい。ファンが力になれることがあるならやってあげたい。

 

なんで、という意見をよく目にする気がします。なんでりななんが。なんでエビ中ばっかりこんな目に。

わたしだってそう思います。なんでなんでなんで。

 

どうしたってりななんの死を受け入れたくないし現実から目を背けたいけれど、7人のエビ中は進んでいくのだから、それを見つめていくしかない。

 

りななんにかける言葉が見つからなくて、送る会にも手紙は書いていけませんでした。ご冥福をお祈りします、とかはしっくりこないし、お疲れ様、もなんか違う。

ありがとう、が一番近いのかな。でも本当に正直な気持ちを伝えられるとしたら、もっとりななんの姿を見たかったし声を聞きたかったよ。っていうことかもしれない。

 

後悔とはまたちょっと違うんです。ただやっぱりしばらくはこの気持ちに整理がつかないだけ。みんな大好きだよ。こんなときにファンとタレントのどうしようもない距離を感じてしまう。でもきっとこれが正しい距離なんだろうな。

 

何言ってるかわかんなくなってきたので、この辺で終わりにしておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柳浩太郎という人

短いです。そして若干今更感のあるはなし。

 

柳が俳優を辞めた。

正直、そうだよな、と思う気持ちがかなり大きい。

とはいえ、それと寂しいと思う気持ちは必ずしも相反するものじゃないと思う。

 

Dボ初期メンがこぞってブログでこの話題を出しているのも、本当に柳が引退するんだと実感するばかりで寂しい。

でも、同じぐらい、みんなのドライな文章に柳への信頼とか大人同士の理解しあう関係とかを感じてうれしい。

 

正直、柳の姿を生で見たことは一度もないけれど、テニミュという存在を語るときになによりも誰よりもいちばん最初に浮かぶ存在で。

テニミュを好きになるにつれ、自然と知った「D-BOYS」というグループのなかでも、やっぱり中心には柳がいた。

 

柳のために不動峰の再演があって、柳のために氷帝公演のあの演出があって、柳のためにD-BOYSができて。

 

寂しいよ。柳。

「推しがいない」=「茶の間」なのか

前記事から相当時間が経ってしまった。気づけば今年もあと2か月ですか。

まじで年々時の流れの体感速度が速くなりすぎてこわい。あっという間に死ぬのかな。というかあっという間に老けるんだろうな。結婚できるかしら。とか考え始めるとまじでドキドキするからやめます。

 

さて、本題。

 

若手俳優とか舞台とかが好き、とふとした瞬間に人に話すとき、実は一番困る質問がある。

 

「誰が推しなの?」

 

わたしにはいわゆる「推し」がいない。

(若手俳優グループの中で「推しがいない」的な記事を拝見したことがあるような気がして、禿げあがるほど共感したので引用させていただこうかなと思っていたのだけれど、見つけられなかった。悔しい。笑)

 

が、別にDDなわけでもない。(どちらかといえばこっち寄りなのか?)例えばミュキャスであれば節操なく追いかけているわけではないし、アミュやらDボやら事務所パックで推しているわけでもない。

 

じゃあどんな感じで……と言われると、なんとなく好きな俳優が3人ぐらいいて、その人たちの出てる舞台は1回は入る。そして好きなシリーズもの舞台はなんとなく行く。あと原作が好きな舞台も1回は行く。その他知ってる俳優が出ていてストーリーに興味がわいたりすると突発的にチケット取ったり。俳優の個人イベはほぼいきません。本当にその人を推しているファンが大多数の空間で、ミーハーに楽しんでいいかわからなくなるから。プレゼントもあげたことない。俳優にブランド品をあげるぐらいだったら自分の服やら財布やら買いたいよ……。両方買えるほど給料もらってません。悲しい。

まあプレゼントあげられない、とか出演舞台に全通できない、とかその時点でその人を真に推してるファンからは「ファンを騙るな」と言われそうだ。

 

かと言って、純粋に観劇が好きだから~などと言い張れるほど舞台に詳しいわけではない。そして実際舞台を観に行く理由なんてイケメン俳優を近くで見られるから、とか、運がよければファンサがもらえるから、とかそういう不純(?)なものがほとんどだ。

そしてもちろん、オタクじゃない、とも言えない。オタクです。同世代の普通の人から見たら「特定の人はいないけどイケメン俳優を観にいろんな舞台行ってます」なんてキモオタ以外の何者でもないと思う。

 

実際、わたしみたいな中途半端なファンって結構いたりするんじゃないだろうか。というか、わたしのスタンスは3代目青学を追っかけてたこのころ↓

 

antoi-meee.hatenablog.com

 からあまり変わっていない(心に刺さった人はみんなまとめて応援したくなる感じ)のに、5~6年のブランクのうちに若手俳優市場が相当大きくなったせいか、オタクの中で「推しがいない」ことに対して一種の居心地の悪さを感じざるを得ないような環境になってしまったような気がする。おんなじように取り残されてる人、いるんじゃないですか?いるよね?

 

でもね、実は昨年末にドハマりした舞台でできかけたんです、推し。もともとは原作が大好きすぎて、その人が演じたキャラが大好きすぎて5回観に行ったんだけれども。いざ観終わってからは、キャラに対しての愛はもちろん、そのキャラを演じてくれた俳優に対しての感謝がすごく湧き上がってきて、千秋楽でとうとう手紙を書こうとした。

でも書けなかった。伝えたいことが多すぎて、考えてるうちに自分の気持ちの重さに引いちゃって。笑

結果どうしたかというと、持て余した感動と情熱の行き場がなくなって、でも誰かに気持ちを伝えたくて、なぜか主演の女の子に超重たい感謝のお手紙を書いてプレボに入れるという斜め上の行動に走る……。笑 そのあたりの気持ち悪さがつくづくオタクだよなあ、と自分で思ったりして。

 

楽しいんだけどね、とっても楽しいんだけど。きっと誰かを「推す」ことに向いていないわたしは、今後もイケメンを拝みにふらふらふらふらいろんな舞台を観に行くんだろう。

 

なにが言いたいかって、誰か特定の推しにつぎこむオタクじゃないからといって、いわゆる「茶の間」とはくらべものにならないぐらいちゃんとお金は落としていますよ、ということ。別に自分を正当化したいわけじゃないけれど、そう感じた方がいたらすみません。

 

「推しがいない」ことは必ずしも悪ではない、という話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラクエミュージアムに行ってきた

ドラクエ

父親の影響で物心つかないころからドラクエのゲーム画面を見て育ったわたしにはいかない選択肢なんてなかった。

 

ということで迷わずメタルチケットを購入。少し時間が経ってしまいましたが7/23(土)、ドラゴンクエストミュージアムに行ってきました。

同年代の友達はおろか、周りに同じぐらいの熱量でドラクエを愛する人がいなかったのでもういいや、と思って一人で行きました。後から思ったけどせっかくなら父親誘ってあげればよかった。笑

 

なんかものすんごい混んでてものすんごい時間かかったけど、内容はものすんごい良かったです。ものすんごい。

 

展示の順番としては
オープニングムービー→ロトの装備展示→ロト伝記(ちゃんと時系列順なんです…)→天空上模型展示→天空ジオラマ(Ⅳ~Ⅵまで。ここが多分一番人気で一番楽しい)→体験アトラクションコーナー→歴代ボス展示(という名の通路)→歴代主人公コラボムービー(アガります)→原画展示コーナー(パケ画やらモンスターのキャラデザ、ダンジョン図と譜面まで)→カフェ(激混み)→物販

という感じ。

 

あのー、感動を噛み締めたくてひとりで参加した部分もあったんですが、ひとりじゃ受け止めきれない予想以上の感動がありまして…
なんていうか、オープニングムービーで泣いちゃってすげえ恥ずかしかった。笑
そんでやばいやばい!!と思ってロト装備のディテールガン見しながら涙ひっこめたはいいものの、次のロトコーナーでいちいち感極まって大変でした。上を向いて歩こう涙がこぼれないように、ってガチで何度も唱えた。笑

順を追ってレポまじりの感想をば。

 

●オープニングムービー

言ってしまえばなんてことない。なんてことはないんだが、最高にワクワク感をあおられる。大画面で序曲が流れて歴代ナンバリング作品のタイトルが表れて、エンディング曲が流れて…という流れ。なんてことない。

ただ、最後の演出は薄々わかっていても「おお…!」って声が出るし鳥肌が立つ。

 

●ロトの装備展示

勇者がこれ着たんだなっていう変な感慨と、いくらロトのっつったってこんな鎧やらだけで悪の親玉と戦う勇者すげえっていう感想。笑

 

●ロト伝記

時系列順です。物語のシーンを切り取った油絵(結構デカくて迫力ある)が1作品につき6~8枚?ぐらいずつ展示されつつ、その横に該当シーンの情景を描いた文章も。

個人的にはⅢのバラモス戦後~と、Ⅰのドラゴン、Ⅱのムーンブルク襲撃、ロンダルキアのスケール感に震えました。ひょっとしたら私たち、ものすごい規模の物語を追ってきてしまったんじゃないだろうか。と感じさせるような圧倒的スケールの大きさ。ゾーマとかさ、これがまたものすごい凶悪でものすごい怖く描かれてるんですわ。勇者たちとの体格差(と言うのに違和感を感じるぐらいのサイズ差)も相まって、こんな強大な敵に勇気だけで立ち向かっていく勇者パーティーの気高さと勇敢さを改めて思い知らされて鳥肌が立ちました。

あと制作側に絶対サマル王子好きがいる(確信)。

 

天空城

これさー、卑怯だよね。Ⅰ~Ⅲはアレフガルドっていう絶対的な共通項があって、同じ世界線の出来事だっているのがわかりやすく作られてるけど(まあロトの伝説を描いた物語だからそうなるのは当たり前なんだけど)、Ⅳ~Ⅵは好きな人しかニヤニヤできないというか、「あれ?このエピソードⅥで聞いたことある」とかムフってなれない若干のわかりづらさみたいなものがあるじゃないですか?

(もちろん「天空城」とか「マスタードラゴン」とか「天空装備」とかの共通項はあるんだけど、ロトほどあからさまじゃないというか……)

そんななか、天空城の360°ジオラマですよ。言ってしまえばなんてことないただの城の模型なんだけど、思い出と重ね合わせて見るとちょこちょこ「アッ!」って思える瞬間があって。そもそも雲の上にそびえたつ城の姿を見るだけでオタクにとってはちょっと胸にくるものがある。

 

 ●天空シリーズジオラマ

こちらはⅣ~Ⅵのナンバリング順に、それぞれ印象的なシーンを切り取ったジオラマ展示です。個人的に天空シリーズはリアルタイムで追っていたこともあり、思い入れが強いせいもあるかもしれないけれど、とにかくクオリティが高くて全部よかった。

世界を文字通りそのまま切り取ったような、キャラクターの汗やモンスターの息遣いまで感じられるような精巧な作り。また抜き出すシーンの秀逸さがたまらない。

個人的に一番感動したのが、Ⅴの主人公がキラーパンサーにビアンカのリボンを差し出すシーン。薄暗い洞窟の湿っぽさ、仲間モンスターの不安げな表情。そして、確信を持って祈るようにリボンを差し出す主人公と、何かに気づきそうなキラーパンサー。ゲーム本編ではただ戦闘画面とフキダシの中で起きていた出来事が、目の前で実現していて。その緊迫感と世界のスケールに、こみあげてくるものがたくさんあった。

 

そのほかにも絶対どこかに誰もがそれぞれに刺さるジオラマがあるはず、と思える、素敵な展示でした。

 

●体験アトラクション

スーパーハイテンション体験とか、めちゃめちゃ並んでたのでやらなかったけれど「ちょっとおもしろそう」なミニゲーム的なものが4~5個ぐらいありました。

わたしが行ったとき、ちょうどテリーのガチコスプレした人がスーパーハイテンション成功しててめちゃめちゃ盛り上がってた。笑 

Ⅶの石板パズルも、難易度的にはクッソ簡単だけど、いざ台座を目の前にして石板をぽこぽこはめていくあの感じはちょっとうれしかった。

 

●歴代主人公コラボムービー

迫力と感動がすごい(小並感)。

スクリーンがまっすぐじゃなくて、上がちょっと手前に曲がっているのでより…こう…迫ってくる感じがして迫力が…すごい(小並ry)

 

 歴代の主人公が共闘して次々ラスボスに立ち向かっていく、というありえない内容のご褒美ムービーなんですが、やっぱりちょっとこみあげてくるものがかなり。

わたしが特にすきだったのがⅠ勇者とⅦ主人公のとこかな~!!勇者の剣がはじきとばされたのを、Ⅶ主が拾って投げ返すの!!胸熱以外の何物でもない。

そして、やっぱりゾーマに立ち向かうのはⅢ主なんだな、と。

 歴代ゲームをプレイしていて、多少なりともドラクエに思い入れのある人ならかなりテンションのあがるムービーだと思う。

 

●原画展示

ものすごいものがものすごい数並んでるはずなのに、わりかし無造作に展示されてて感動通り越してちょっと笑う。笑

やっぱり鳥山さんのパケ絵原画展示は相当興奮する!!Ⅶからデジタルになっているけれど、Ⅰ~Ⅵまでは線画も塗りもアナログで、ホワイトで修正した跡とかもはっきりわかるの。繰り返すけど、多分世界的にものすごいものの展示なはずなのに、さらっと額に入れてあるだけだからほんと笑っちゃう。ルーブル美術館のミロのヴィーナスとかぐらいさりげないの!!誰かわかって!!笑

その後に展示してある堀井さんのダンジョン図面とか、すぎやまさんの手書き譜面とか、そういうお宝がお宝に見えないぐらい濃密な空間すぎて。これを見るだけでも正直入場料払う価値は十分あると思うのです。

 

●カフェ&物販

混みすぎててカフェはスルーしました。ただ、空いてたら食べたいメニューはたくさんあった。

物販も混みすぎててやめようと思ったけれど、展示内容があまりに気に入ったのでどうしても図録が欲しくて、1時間ちょい並びました……まじで疲れた。結局代引きの後日郵送対応になったので、まだ手元には届いてません。でも楽しみ。

 

 

今回のドラクエミュージアムドラクエを知らないまま行って、出口を出たらドラクエを好きになってる人もいるレベルだと思う。ドラクエのワクワク感とスケール感があのせっまい空間に濃密に詰まってる。

ちょっとでも興味があればぜひ行ってほしい。ナンバリングを通しでプレイしていなくても、自分に刺さるものは必ずあるはず。

スペクタクルツアーでワクワクするのもいいけれど、展示の感動をひとり噛み締めたあとに自宅で飲むビールはおいしいですよ。笑

 

 

 

「関係者席」という聖域

※いちオタクのひとりごとです。

 

内容はとっても良かったし、無事に全公演終了した作品なのであまりほじくり返すのもどうなんだろう…と思ったけれど、特定の作品に限らず舞台・その他エンタメ興行における「関係者席」についてなんとなくわたし個人の思っていることをつらつらと。

 

 

今回の件に関しては当事者もおばかさんが集まっちゃってるしオタクもオタク同士で煽り合いとかしてるしで、出来事の発端のしょうもなさに比べて盛り上がりすぎだろうよ……。と思ってしまった。

 

結局ドル売り(まあ実際アイドルものだし)してる女性向け2.5次元舞台、という結構危うい思考とか性質を持ったファンの多いジャンルで、関係者席という金のエンゼルを使ってルール違反をしたことがいちばん荒れてた原因なんだろう。ルール違反自体は責められてしかるべきことかもしれないけれど、ここまで燃え上がったのは一言で言ってしまえばただの嫉妬だ。プラス、どっちかっていうと2次元の中の人イベントのノリが強い作品だったから色々なものの色々な闇に触れてる若手俳優オタクとはまた違ったオタクたち(若手俳優舞台の建前とか、暗黙の共通認識みたいになってる「2.5次元」という世界のスタンスみたいなものをあんまりよくわからない人たち)が集まったからこそ、普段は限りなく黒に近いグレーな出来事、みんながもやっとしながらもなんとなく飲み込んでいたものに食いついたりしたんだろう。

 

関係者席に座る人は、大きく2種類に分類されると思う。

■キャスト・スタッフの親族、友人などプライベートの繋がりの持ち主

■キャスト・スタッフの仕事上の繋がりの持ち主(共演者や役者仲間も含まれる)

このうち、なにかのきっかけで炎上する可能性が高いのは圧倒的に後者だ。なぜなら、業界関係者だから。役者なりタレント仲間なら本人がSNSでその作品について言及する可能性が高いし、人の目に触れる職業だからそもそも見た目で周りのファンに認知されている可能性もある。演出家や裏方スタッフだってこのご時世本名でツイッターやってるなんて当たり前だったりする。

その分オタクの目につきやすい…いや違うな、少しでもキャストに近づきたいオタクの…うーんこれも違う気がする、女オタク特有の探偵癖?みたいなものが働いて「この人はこのキャストとこのヘアメイクさんとこの舞台で付き合いがあるから云々…」みたいな勘ぐりをする糸口にしやすい、ような気がしている。

要するに、関係者席に座ってる人を観察しているオタクは一定数いるし、そういうオタクたちは割と「繋がり」とか幻想を抱いていたりするケースが多いので、実際に遠かれ近かれキャストと何らかの繋がりがある人しか座ることの許されない関係者席という聖域に対して、自分とは違うあちらの世界だと自覚しつつ、羨望や妬みのような熱を持って眺めているものなのかもしれないよ。ということ。

 

まあ単純に、他の若手俳優が見に来ているかもしれないからそれを見つけたくて関係者席あたりを気にしている人が大多数だろうけれど。若干話が逸れるけど、劇場の関係者席の位置、あなたは把握してますか?  多少なりとも若手俳優オタクの自覚がある人は、行ったことある劇場の関係者席はなんとなく把握しているんじゃないかと思う。たぶんそれ、普通に観劇が趣味の人は把握してないから。笑 オタクあるあるな気がする。

 

話を戻します。笑

前述したとおり、キャスト・スタッフと仕事上の繋がりの持ち主は人の目に触れる仕事をしている人がわりあい多い。

ただ、それだけじゃないよね、という話。例えば出演キャストの事務所スタッフが「来てほしい」(観にきてほしい、じゃなくて来てほしい)と思うのは誰だろう?キャスティングプロデューサー。テレビ局関係者。雑誌編集者。もしかしたら、アパレルのプレス。所属タレントの次の露出につながるような媒体関係者じゃないかな。と、思う。そして、事務所の人に招待されたら、その人たちは果たして興味がないから、気が進まないからと断るだろうか?

という単純な話じゃないかと思うのです。その舞台を観たいと思ってその席に座る関係者がどれだけいるのかな、と。その舞台を観に行くかどうか(招待を受けるかどうか)でその後の仕事のやりやすさに関わってくるようなことがあるんだとしたら、みんな行くんじゃなかろうか。

 

関係者席は確かに一般の観客からしてみれば、チケット代も払わず、努力もせずに手に入れられる夢のような場所に見える。

でも、そこに座れる権利を持った人たちが、誰もが周りの観客と同じ熱量でその作品に向き合うかと言ったら、決してそうじゃないんだと思う。

 

「大人気の舞台で、行きたくてもチケットが取れない人が大勢いるんだから関係者はそれを自覚して!ただでさえ観劇に慣れてない人が多くてマナーの悪さが目立つんだから!!」なんて説教めいた主張を垂れ流すつもりは全くないけれど、事実、オタクからしてみれば関係者席ほどうらやましい場所はない。そりゃあそんな場所でマナー違反を堂々とされたら腹も立つし叩きたくもなるだろう。なのでこの記事は本当に今回の騒動とは別の話をしているつもりです。

 

こんなブログを見ている業界関係者なんていないと思うけれど、関係者のみなさま、叩かれたくなかったら、自分(の座っている席)が注目を集めやすい場所だって認識して、もう少し賢く立ち回ることもできるんじゃないでしょうか。仕事の付き合いでどうしても行かなきゃ、って行った舞台で、思ってもみないところから叩かれたりネット上でさらしあげられたりしたら嫌でしょう?

 

そして、オタクたちももう少し冷静になったほうがいいんじゃないだろうか。劇場内にいる人間がすべて、自分と同じ情熱をその作品に注いでいるかといったらそうじゃない。仕事の一環として聖域に座っている人もいる。はなから違うスタンスでいる人に対して、「その舞台の観客」として完璧なふるまいを求めるのはスマートな発想じゃないのでは?

 

関係者席はある人にとっては聖域かもしれないけれど、ある人にとってはビジネスチャンスかもしれないし、またある人にとっては業務の一環かもしれない。

色々な人の色々な思惑が取り巻いている場所、という点ではほかの座席と違うので、特別な場所という意味合いでは聖域と呼べるのかもしれないけれど。

 

平和に過ごしたいなら、言動だけじゃなくて思考することも必要なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今さら3代目青学の話を

GWで帰省して、部屋を整理していたらかつて買い漁っていたミュキャス系のDVDが大量に出てきた。

 

超なつかしくて何枚か自宅に持ち帰ってきて久しぶりにいろいろ見てたんだけど、FROGSスピンオフとかもう何年ぶりに見るかもわからなくて、まだタカちゃんもスズカズも康平くんもマツカズもアミュにいたころのみんなのわちゃわちゃ感、友達同士で楽しく騒いでたらお仕事になっちゃった、みたいなあの空気感に触れてちょっと泣きそうになった。笑 きっともし彼らがまだ芸能人で(マツカズはまだ芸能人だけど)、今あのメンバーで集まっても、この空気は出せないんだろうなあ。わたしはショタコンでは決してないけれど、10代男子の儚さとピュアさをとても尊いと思っている。この意見心底どうでもいいな。笑

 

 

話を戻すと、その中にテニミュサポDもちょこちょこあって。1回見たきり、なんだかずっと見られずにいた3代目の巻もあったんです。

で、見てみた。何年ぶりかわかんないぐらい久しぶりに。(発売日に全部見て、そこからずっとだから7、8年ぶりかもしれない)

結果、すごく面白かった。そして、すごくつらかった。

 

3代目青学は、わたしが一番テニミュにどっぷり浸かっていて、毎日テニミュのために生きてたあの頃そのものだ。わたしの青春時代は彼らのために消費されていた。

と、思っていたけれど、彼らが青学レギュラーだったのは1年ちょっとだけだったらしい。確かによく考えたら六角戦と立海戦しか戦っていなかったな…。思い入れがありすぎて、何年も追っかけていたような気になってた。

考えてみたら、わたしにとってはじまりから終わりまで全公演見届けたのは3代目しかいなかった。はじまりを見た代の終わり、そして次の代のはじまりを見るのがとても怖くてつらくて、4代目の終わりを見ることはできなかったな。そしてそのままテニミュの現場から離れてしまった。まあTSC制度への微妙な不信感のせいもあったけど、結局それも有料会員というものに対して、3代目を追っかけていたときに植え付けられた「テニミュ=とても純粋でなにか素晴らしいもの」というイメージを裏切られたような気持ちになっただけのような気もする。

 

3代目青学は、「個が集った」感の強い代だと思う。飛びぬけて演技がうまい人は正直いない。歌が一歩抜きんでている人、ダンスで皆を引っ張る人もいない。それを全員が自覚していて、プロとしての意地と、男としてのプライドで個々人が努力して、きれいな群舞だったりユニゾンだったりに仕上げていた代。そのプロ感と男くささが、わたしはとても好きでした。

彼らのプロ意識にすごくすごく影響したのは、やっぱり六角公演なんじゃないだろうか。もっと言うと、六角公演でまわりを囲んでいたキャストたち。氷帝ももちろんだけど、青学の内側で彼らに触れていた、相葉っちと鯨ちゃん。鯨ちゃんは不測の事態で急遽参加、だったけれど、彼が混ざることで新キャストにものすごいプレッシャーがかかったんじゃないかな。そして相葉っちにとっても、相当心強かっただろうな。2代目で一緒にやってたときは鯨ちゃんとかクジーとか言ってたのに、サポDでもそうだけど六角後から「鯨」って呼ぶようになったのほんと男くさくて好き。笑

 ダンスで魅せられる人と、演技で魅せられる人が仲間として加わってくれていたら、新キャストとしては安心できる気持ちと、より自分の無力さを自覚してしまって焦る気持ちが両方あってもおかしくない。公演開始当初は前者に甘えてしまっていたから、氷帝に発破かけられたりもして、ようやく後者を意識して動くようになったんじゃないかな。そういう体育会系な努力の軌跡が透けて見える感じも、土臭い1stシーズンっぽくて魅力的だ。

 

相葉っちと鯨ちゃんの話を少し。

彼らは2代目青学であるけれども、様々な事情で、本来よりも少しだけ多く、それぞれの役を請け負った2人だ。特に鯨ちゃんは状況が状況だったから、彼以外に海堂を引き受けられる人は、あの時ほかにいなかったんじゃないかな。

それを本人がどう思ったのかは本人にしかわからないけれど、2代目を知っているファンにとっては、またテニミュの舞台に立つ彼らを見られるのが純粋にうれしかった。そして、気迫で対戦相手を圧倒するプレッシャーという曲で、役として結構な見せ場の試合を演じたのが、現役時代(という表現が正しいかはわからないけど)ソロというソロ曲が無かった鯨ちゃんの海堂だっていうのもなんだかすごくドラマチック。あの鬼気迫るオーラは、代替わり直後の3代目に混ざっていたからこそ映えていた部分もあったと思う。皮肉な話かもしれないけれど。

一方相葉っちは、すごく「2代目感のある」不二だったと思う。城田優という圧倒的な部長のもとで、kimeru様という圧倒的な先代の存在感と戦いながら、テニミュの不二のスタンダードみたいなものを築いていった人。決してリーダーとしてみんなを率いるタイプではなかったと思うし、タスキ役として3代目青学にいても、「彼がリーダーだ」とはならなかったと思う。もちろんみんなの支えだったり目標だったりはしただろうけれど。座談会で「最初は3代目のみんなが青学レギュラーに見えなかった」って正直に言っちゃうところも彼らしいな。器用な人が多かった2代目のなかで、あまり器用なタイプじゃない彼がタスキだったからこそ3代目(なんなら4代目、5代目も)にうまくなじみながら伝えられるものは多かったかもしれない。

 

そう、3代目のメンバーって、器用じゃない人が多かった気がする。とびぬけた大人もいなくて、とびぬけた子供もいなくて、みんながすごく不器用にぶつかりながらなんとかかんとかまとまっていったイメージ。年齢で言ったら通は子供だったけれど、彼は仕事としてテニミュとつきあっていた印象がすごくあって、一番プロフェッショナルなスタンスで舞台をこなしていた気がする。わたし個人のものすごく勝手なイメージですが。

でもそうやってケンカとかしながらぶつかっていって、みんなで公演をつくりあげていって、一緒に成長していって。そういう熱すぎる男同士の友情、で魅せていたのが3代目の担当公演だったような気がしてならない。崖っぷちギリギリ間奏のあの鬼振付けがあれだけ人気が出て、ドリライ他校やら2ndやらに受け継がれるぐらい客から支持されたのが一番わかりやすいと思うんだけれど。だってあのお世辞にも優等生とは言えないぐらいダンスも歌も演技も半端だった3代目青学が!!あのクソ難易度のダンスを!!全員きっちり音にはめてぴったり合わせて、しかもそれがかっこいい!!!っていうものすごい興奮が、あの一曲、ひいては立海セカンド公演に詰まっている。

 

だから、あの公演で彼らが卒業したのは、とてもとても美しいことだった気がする。まあ身も蓋もないことを言ってしまうとだいぶ前から卒業時期は決まっていただろうし、彼ら自身も集大成の公演だってわかってたからこそ今まで以上に全力で自分たちのレベルをあげようとしたんだろうけれど。

それでも、相葉っちの卒業、という一番難しいイベントを、vs赤也の不二戦にぶつけてきたのは本当に綺麗だったと思う。鬼気迫る不二の姿を見て、客はどうしても3年間をテニミュに費やしてくれた相葉弘樹という役者に重ねてしまう。キャラの成長と役者の成長を同時に見せることを売りにしているテニミュの強みが一番色濃く出た試合だったように思える。もしかしたら、テニミュのそういうスタンスが固まったのはこの試合があったからこそ、かもしれない。(と思えるぐらいの何か強い力があの試合にはあった)

 

最初に、1回見たきりずっと見られなかった、と書きましたが、3代目のサポDには彼らの卒業公演千秋楽が丸ごとと、卒業コメントが丸ごと収録されているんですね。そんなもの何度も何度も見返せるわけない。

どのシーズン、どの学校もそうだけれど、キャスト陣のテニミュへの執着ってすごくないですか?そりゃほぼテニミュが役者デビューみたいな人が多いなかで、あれだけの熱量を持った客にキャーキャー言われてたら、間違いなくその人にとって印象深い作品になるんだろうけど。

だからこそ、テニミュを卒業するときの彼らの恐怖やら不安というのは、計り知れないんだろうなあと思う。一生懸命努力して役を生きて、頑張って頑張ってさえいれば、結果としてのクオリティがどうであれ、客はその努力の過程も見てくれて応援してくれる。言い方を全く選ばずに言うと、こんなに居心地の良い現場はないんだろう。そこからほんとうに何も未来の保障のないところへ放り出されなければならない。恐怖。

 

そんな恐怖と執着が溢れて見えるのが、卒業コメントだと思うのです。

3代目に関して言うと、前述したとおりみんなあまり器用なタイプではないと思うし、全員が自分たちの力量の十分でなさを自覚していたチームだと思う。だから余計、テニミュ卒業に対して、みんな思うところがかなりあったんじゃないだろうか。

 

タカさんは自分でも役に執着してたって言ってたしね。冗談めかしてだけどあれは本音だと思っている。

相葉っちの「この次に不二をやる人は…大変かと思いますが…笑 僕を超えられるように頑張ってほしい」という重すぎる一言も。目が笑ってなさすぎる。笑

そしてタッキー。バトン役の大に伝えたこと、大への信頼をどうしても最後に客に伝えたかったのでしょう。彼のそういうところがとても美しいと思っています。

大も、どうしようもない不安を全く隠しきれていないのに「安心して僕に任せてください」と言い切る心の強さ。そして「テニミュの良さを必ず次の青学に伝えてみせる」と口にする志。暑苦しいほどの男の友情を隠しもしない感じが、ほんとうに3代目らしいひとだなあと思った。

 

3代目の彼らが口にする「テニミュの良さ」ってなんだろう。この言葉に、彼らのテニミュ観というか、彼らの性質そのものが丸ごとつまっているような気がする。たぶん同じ言葉を5代目や2ndキャストが使っても、3代目の彼らと同じニュアンスで伝わることはないんだろう。みんなもうちょっとスマートに立ち振る舞えるし、もうちょっと器用にキラキラできる人たちじゃない?

不器用で、みんなそんな頭がいいわけでもなくて、でも仕事に情熱を持って熱さで試練を超えていく感じ。そこが彼らの最大の魅力だし、当時まったく部活に情熱をささげていなかった私にはすごくまぶしくて、だからこそひきつけられたし応援したいと思ったんだろうなあ。自分が受け流してしまっている「青春」がそこにあったから。だから今、彼らの映像を見返してもまぶしくて少し辛いんだろう。もう取り戻せないものがそこにはある。そう思うと、当時3代目を好きな人たちって、大人が多かったりしたのかな?正直まわりの同年代の子たちとかは、3代目に推しがいる人が少なかった。みんな他校キャストが好きだったり、4代目を好きになったり。

 

「青春」を色濃く見せてくれていたのが3代目青学レギュラーだった。すごく素敵なことじゃないですか?だって「青春学園」のレギュラー 陣としては、これってすごくすごく大きなアドバンテージな気がする。

今やテニミュも3rdシーズンに突入していて、青学だけで8代目?までいるらしい。時代が変わってほかにも2.5次元舞台が乱立しているから、客がテニミュに求めるものも1stのときとは違っているかもしれない。それでもそれに合わせてちょっとずついろいろ変えていって、いまだに支持されている舞台って本当にモンスターだな、と思うし、キャストもスタッフもいろいろ上手なんだろうなあ、と思う。実際映像を見てもみんな芸達者だわ、と感心する。純粋にエンターテイメントとしてものすごく面白いと思うし!

 

それでも、テニミュのはじまりは、1stシーズンで支持されていたものは、3代目の彼らが体現していた青春感=「テニミュの良さ」だったんじゃないかなあ。空気感がとても魅力的な代だったなあ。

 

 もちろん他の代にもそれぞれいいところはあって、どの代が良いとか悪いとかっていう話じゃない。ただ、人によって思い入れの深い代や学校がある。

たとえばファン同士でテニミュの話になったとして、どの学校が好き?みたいな話題になったとしたら、どの学校を挙げるかで割とその人の好みがわかっちゃいません?そういうとこめっちゃ面白くない?笑

いまやオタク自体の人口がめちゃめちゃ増えていて、過激派、とか同担拒否、とかわけのわからないジャンル分けもできているけれど、楽しく好きなものの話ができたら幸せだよなあ。

 

テニミュみたくなってきた。笑

3rdの公演、まだ一度も見たことないけれど、見に行ってみようかなあ。

 

 

ネオロマンスという異空間(遙か祭2016に行ってきたよ)

※最初に述べておきますが、この記事は遙か祭2016のレポ、感想ではありません。
(感想っちゃ感想ですが、イベントに参加したいちオタクがネオロマンスというものに対して常日頃思っていることだったり浮かんだ雑念をつらつら書いてい るだけですのであしからず)

 

 

乙女ゲームを嗜む人なら知っているかもしれないが、ネオロマンスとは、某老舗ゲームメーカーの出している女性向け恋愛ゲームの総称だ。

なんと恐ろしいことに、家庭用ゲーム機においてはスーファミの時代からソフトを出し続けていて、救えない夢見がち女オタクを生み出し続けている。

更には親子2代でネオロマ作品を愛し続ける強者もいるらしい。楽しそうだけどどこにも逃げ道がないな、こわい。

 

私自身、現在進行形でどっぷりネオロマにはまっているし、人のことを偉そうにうんぬん言える立場ではない。ただ、過去記事でも述べたように、私はとにかくたくさんのジャンルをまたいでオタクをやっている。
そのなかで感じるのが、ネオロマの現場で皆が使う「愛」という言葉のプレッシャーだ。

愛。素晴らしい言葉だ。
全てのスタッフ、キャスト、客が作品への愛を持ってイベント会場に集まって、生ドラマをやったり、ライブをしたりする。こんな幸せな空間があるかなあ、と、思った時期もあった。が、他のジャンルをほいほい行ったり来たりするたびにどんどん冷静になっていく自分もいる。

 

なんせ20年も続いているジャンルだから、スタッフとベテランキャスト、客の熱量がおかしい。
なんだろう、うまく説明できないけど、ネオロマのノリっていい意味でも悪い意味でも20年前というか、どの作品もものすごい清らかなんですよ。例えばキャラが「ごきげんよう」って言い出しても違和感ないかも、ぐらいの。
リリアン女学園みたいな(伝わる人にはピンポイントに伝わると思う)。
だから、なんかイベントの空気がすごく独特で、土日昼夜4公演やって、客が全通することを前提にドラマつくってきたりするの。もちろんライブ の曲も公演ごとに違う。そして当たり前のように全通する大半の客。笑

 

まあそんな感じでも、結局作品は好きだし、生で書き下ろしドラマをやってくれたりするので
そこそこ公演に通っていたりしてた。ていうかしてる。

でもやっぱり、歴史のあるシリーズなので、発売当時はまだ若手だったキャストも中堅・ベテランになり、今のネオロマキャストって大御所から超売れっ子ばっかりなんですよね。
だから2日間4公演のうち1日だけとか、今回のイベントには不参加とか、あまり参加率のよくないキャストがいたりする。

 

今回の遙か祭2016もまさにそんな感じだったのだけれど、日曜の2公演だけ出演したキャストが言った発言がわたしの感じていたネオロマの独特さ、異質さと通ずるところがあったので引用させていただく。

 

ネオロマのお客さんって、すっごく集中して聞いてくれるじゃない?
一言も聞き逃さんぞ、聞き漏らすまいぞ!!って。笑
正直それもあって本当に今回ものすごく緊張してます。」

 

客側としちゃ「お金払ってあなたたちの声を聞きに来てるんだからそりゃそうだろ」と思うところかもしれないけど、舞台上のキャストが気圧され るぐらいそれを感じるって、やっぱりちょっと熱量がちがうんだな、と改めて実感させられた。というかこの発言を聞いて、ネオロマが異様だと思っていたのは自分だけじゃなかったんだ…と若干安心した。

 

あと、ネオロマの客の涙もろさは異常だ。笑
推しキャラの愛メを聞けりゃあ泣き、ドラマで本編のシリアスシーンを再現されちゃあ泣き、新展開が発表されちゃあ泣く。どこか宗教味を感じるレベルで作品、そしてネオロマンスへ絶大なる信頼感を持っているように思える。ゲームの続編で新キャラが出る。新キャストが加わる。キャストが入れ替わる。不安だ、でもネオロマだから大丈夫。好きになれる。

ほんとにこんな思考でいる人が大多数っぽいからこわい。

 

いったいなにがひとをそこまで惹き付けるのだろうか?それはひとえに、徹底されたファンタジー感じゃないだろうか、と私は思う。

だってありえないもん、こんな世界観。作り込みすぎ。笑

ネオロマ作品って「恋愛ゲーム」という括りには入るものの、恋愛要素が無くてもゲームとして成り立つぐらい、主人公には大きな目的が課せられている。(たとえば新しい星の女王になるために学友と競い合ったり、突然召喚された異世界を危機から救わなきゃいけなかったり、妖精に目をつけられて経験者ばかりの音楽コンクールに素人一人出なきゃいけなかったり)

本筋のストーリーを重視して目的達成しようとしたら、恋愛なんかしてる暇ない……んー違うな、恋愛に舞い上がってるゆとりなんてない?ていう言いかたの方が正しい気がする。

ゲーム自体の難易度が高いんですよ、無駄に。老舗だからなのかゲーム性にすごくこだわってる感じ。だって守護聖さまたちに支持されつつ領地を広げようとしたら、必然的にライバルの妨害しなきゃなんないし。源平の争いを収めて敵側の武将と幸せになろうとしたら、敵レベルを「強い」に設定したうえで特定の特技を取得して、タイマンで(落としたい相手と)勝負に勝たなきゃいけないし。学内コンクールで優勝するために、できるだけ人の多い場所でヴァイオリンかき鳴らして妖精追っかけ回さなきゃいけないし。あっちなみに未プレイの方、上記は全て本当にネオロマゲーム内で起きることです。ヒロインの選択肢が「承知する」「断る」の二択しかない武士みの強すぎる乙女ゲームもあるよ!

まあそんな具合でどの作品も割と頭使ってプレイしなきゃなんないので、いざ恋愛進めようと思っても、ものすごく冷静に好感度とか計算してイベント起こすようになる。笑

だからじゃないかな、キャラ×自分の夢思考のひとより、キャラ×ヒロインのCP思考のひとのほうが多いような気がしていて。つまり「ここまで頭使ってお前とくっつくルートを選んだんだからくれぐれも二人で幸せになれよ…!!くれぐれもだぞ…!」みたいな気持ちが強くなるんじゃないかと。それが拗れに拗れて、最初に書いたような「愛」=執着、につながるんだと思う。そりゃキャラと作品に対しての思い入れも強くなるよ、本当に努力してつかんだ恋(ヒロインの)だもん。

 

結構みんな言うんだけど「ネオロマに関してはヒロインの人気が異常」っていうのも、そんな理由があるからじゃないかと思うのです。ヒロインに関しては、一緒に困難を乗り越えてきた戦友?バディ?みたいな気持ちを抱いてしまうのかな。笑 かくいう私自身もイベントにヒロイン役の人が出るってなるとうれしいし、攻略キャラのグッズはあきらめてもヒロインのアクキーだけは確保したりする。今回の遙か祭でも神子アクキーコンプしたし神子CD買いました。かわいかった。

 

そんなこんなで、「キャラ×ヒロインの恋を応援するモブおばさん」的心境のまま、青春時代を作りこまれすぎたファンタジーの世界にどっぷりの状態で過ごした乙女たちが就職し、経済力をもち、実年齢もどんどんキャラから離れていくとともに本当にモブおばさんの立場に近づいていってしまう。そうなったらもう、自らの持てる経済力と行動力と情熱のすべてを注ぎ込んで、モブおばさんとして彼らを全力で応援するしかありません!

と、いった具合に、あらゆるイベントに全通して、全キャラ全作品を愛して尊がる、立派なネオロマンサーが誕生する。

 

これがネオロマンスの恐ろしさであり、イベント会場の異様な熱量の正体なんだと、私は思う。もう慣れたし嫌いじゃないけど。

だから、乙女ゲームはやるけどまだネオロマはやったことない。とか、舞台化した作品は見たことあるけど原作ゲームは未プレイだ。みたいな人がもしこの記事で興味を持ってくれたら、ぜひなにかひとつでもネオロマのゲームをプレイしてみてほしい。たぶんはまるぜ。そして舞台だけ見たことある人は、キャストがなんでみんな、作品への愛を口にするのかわかると思う(ただ愛するだけじゃなくて、口に出してそれをファンに言うってのがポイントだ)。笑

 

モブおばさん最高!!